少し前に完結した、ハイパーインフレーションという漫画についてです。最終回の直前に行われた無料公開をきっかけに読み始め、完結を機に全六巻をまるっと買いました。要はきれいにマーケティングされたわけですが笑 改めて読み返して、メディアミックスもぜひ見てみたいなあ、と思ったので記事を書こうと思い立ちました。
ネタバレに配慮せずに書いてます。お気を付けください。
主人公の成長を彩る個性的なキャラ
まず簡単にあらすじの説明から。主人公であるガブール人の少年・ルークは奴隷狩りに遭い、最愛の姉と生き別れになってしまいます。失意に暮れるルークのもとに神様が現れ、ルークの生殖能力と引き換えに、紙幣を体から出せるという特別な「力」を授けました。
「力」を得たルークは希望に燃えます。このお金で姉を取り戻せる、それどころか、ガブール人奴隷の存在を容認する大国・ヴィクトニア帝国と、奴隷解放を含めた主権交渉すらできるかもしれないー―、しかしこれは、ぬか喜びに終わります。ルークが出せる紙幣にはすべて番号が同じである(=複数枚使うと偽札であることがすぐばれる)という、致命的な欠点があったためです。
このままではヴィクトニア帝国と交渉するどころか、特別な「力」の解明に向けた人体実験の対象にすらなりかねません。ルークは知恵を絞り、姉との再会そして故郷の平和に向けて、仲間とともに奮闘するー―というのが主なストーリーです。
作品を通してのルークの成長もさることながら、脇役の設定が秀逸です。ルークを引き立てる役割を果たしつつ、個々で見ても面白いキャラとなっています。
たとえば、敵役であるレジャットについて。レジャットはルークと同じくガブール人であり、奴隷解放にも賛同しています。しかしルークの力は経済混乱につながるという建前と、「自分が」世界を変えないと気が済まないという本音から、レジャットはルークの行動を制限しようとします。ルークの「力」は研究対象であるべきで、それを使うなんてとんでもない、というわけです。
本音はともかく、贋金はだめという、レジャットの言い分は圧倒的に正論です。一方でルークにとっては贋金を出す「力」が唯一の強みなので、絶対に取り上げられるわけにはいきません。警戒を強めるルークに対し、なんとか仲良くなろうとレジャットがあれこれ画策するところは、気持ち悪さと可笑しさが両立した稀有なギャグシーンとなっているのですが、結局のところレジャットは、正しさだけで人と協力するには限界があることを示すキャラクターになっています。なぜなら、いやがる相手に対して自分の基準を押し付けるには、力関係が必要だからです。それがたとえ、正論であったとしてもです。そして、このキャラ付けは「自分も」「相手も」得をするから商売が好きだ、というルークとの対比にもなっています。余談ですが、レジャットは部下にはとても慕われている一方で、友達や家族といった対等な関係の人がいない、という設定もまたこの性格の延長線上にあるように思われます。この二人がどのように決着をつけるのかは、本編で見届けもらいたいです。
そしてもう一人の敵役の奴隷商人グレシャム。ルークと姉が奴隷狩りに遭った元凶で、資本主義の権化のような性格です。お金を稼ぐのは、さらにお金を稼ぐため。お金のためなら、約束も平気で反故にする一方で、必要ならば自分の身すら差し出す……という常軌を逸した振る舞いをしますが、「お金を稼ぐのが大好き」という行動指針が一切ブレないため、妙な清々しさがあるキャラクターとなっています。お金を目にした途端、三途の川から帰ってくる描写には笑ってしまいました。
ルークもまたお金に強い執着を持っていますが、これはお金があれば自分たちの身を守れる、という考えが発端なので、グレシャムのような底なしの強欲さは持ち合わせていません。また、贋金による経済混乱を懸念する良識もあります。(ただし、姉を救いたい気持ちが良識を上回っていますが) グレシャムは、目的はなんであれ商売をする以上は、人間の欲と渡り合っていかないといけない、ということを倫理観が崩壊している分笑 シビアに教え込む役割を果たしています。
他にも紹介したいキャラはまだまだいるのですが、きりがないのでこの辺で……あとは個人的な好みですが、男女のキャラがやたらとくっつかないのもよかったです。バディやライバルとして、ごく自然に対等であることがいいなと。(これはガブール人への差別という、もう一つのテーマをぼかさないためでもあるのかもしれませんが)
なぜに舞台化希望?
ただこの作品は、すごく面白いのですが、致命的に勧めづらい要素があります………それも主人公が活躍するシーンで……。ルークが授けてもらった能力の代わりに、引き換えた能力のことを考えると辻褄は合うのですが笑 特に子どもに勧めにくいのが、もったいない気持ちになります。お金というテーマについて、海上保険の仕組みから金本位制、インフレーションによる混乱まで、池上先生のニュースばりにわかりやすい解説がついているためです。あと、ガブール人奴隷の設定とかも世界史の予習になりそうな気がします。
そこで、原作が人を選ぶならメディアミックスで布教できないかなあ、という気持ちになったわけです。もちろん純粋に見てみたいという希望もあるのですが。ではどの媒体で? ノベライズだとせっかくのわかりやすい解説の難易度が上がりそう(そこだけ図解するという手もありますが)、アニメ化するなら勧めづらい要素も含めて動きに落とし込んでほしい(放送コード的に大丈夫なのかはちょっと心配)となり、じゃあ舞台化はどうだろう、と思ったわけです。ドラマと迷ったのですが、キャラのテンションと勢いが舞台っぽいなあと思ったので……といいつつ、ドラマも舞台も学生時代以来ご無沙汰なので、的外れなことを書いているかもしれません汗 でも、舞台化されたらぜひ見に行きたいです。最後に「浅い知識で褒められたらバカ向けだと思われてかえって作品の価値が下がるッ」となっていないことを祈りつつ、筆をおきたいと思います。